Japan

ヴァネッサとヴァージニア』

原著者:スーザン・セラーズ

翻訳者:窪田 憲子

出版社:彩流社(近刊)

第一章

わたしは仰向けになって、芝生に寝そべっている。トビーは隣にいる。わたしにすり寄るように、ぴたっとついた彼の脇腹が暖かい。わたしは目を明け、雲と雲が追いかけ合いながら、空一面に巨人や城や翼が生えた、おとぎ話の動物を描いていくのを眺めていた。何かふわふわしたものがわたしの頬をくすぐる。わたしは肩肘ついて起き上がり、トビーがもっていた草をつかむ。トビーはぱっとわたしから離れる。わたしたちは、すぐ叩いたり、くすぐったりし、しまいにはもつれ合った手や足のどっちが自分の手と足なのかわからなくなる。ようやく取っ組み合いをやめると、トビーは顔をわたしの胸に乗せる。肋骨に押しつけられたトビーの頭の重さが感じられる。陽の光をうけてトビーの髪は金色に光っている。目をあげると、天使のようなまばゆい白さが目に入る。わたしはトビーの首に手を回す。わたしは生まれて初めて、幸せってこういうものかと思う。

影が落ちる。わたしの天使はいなくなる。蛇のようなあなたの緑の目を感じる。あなたはわたしたちの間に割って入り、寝転がろうとする。あなたをどかすと、あなたはさっと起きあがり、トビーの耳になにか囁く。トビーは頭を上げてあなたを見る。トビーの顔つきから、あなたの言葉が彼の心をとらえたことがわかる。きっとあなたは怖いもの知らずの計画をたて、トビーがそれに夢中になるのだろう。わたしはごろっと寝返りをうち、芝生に顔を押しつける。草がまぶたにちくちく当たるので、その痛さに心を集中させる。また寝返りをうつと、もうあなたたちはいない。起き上がると、庭の塀の上で、へっぴり腰で、こわごわと立っているトビーの姿が見える。トビーは頭上の木の枝をつかみ、体を安定させようとしている。勇ましさと恐ろしさがまじった金切り声が聞こえてくる。こっちに来てわたしと一緒に芝生で遊ぼう、と叫ぼうかと思う。するとあなたはトビーの足をつかんで自分も塀に上ってトビーのそばに行こうとする。あなたは、バランスをとるが、一瞬体がぐらつく。あなたはこっちを向き、勝ち誇ったようにわたしに手を振るのだろう。わたしは、無関心をよそおって、芝生にうつ伏せになる。けっしてあなたに涙を見せたくない。

第一三章

さあ、終わった。これからすぐわたしは書いた頁を集め、ひとつの束にまとめよう。上衣を着て、ブーツを履き、川まで降りて行こう。シャツをかき合わせ、川岸に跪き、周りを見回し、自分が本当に一人か確認する。最初の頁を水中に浸し、書いた文字が滲んでいくのを眺めよう。紙が水を吸って風に飛ばされなくなるまで待っていよう。そのあとは、水流がわたしの指から紙を奪い取っていくままにしておこう。すべての頁が流れていったら、そのとき、わたしは献辞を捧げることとしよう。この物語はあなたのために書いたものだから。

窓の方を見ると、林檎の木の下にまばゆいばかりに咲いている黄水仙に目を奪われる。わたしは外にイーゼルを出し、これらを代わりに描こうと心に決める。わたしは陽の光を浴びて、触れてくださいと言わんばかりに活き活きした黄色を見つめる。そう、あなたは正しかった。大事なことは、わたしたちは決して創作を止めないだろうということだ。

Vanessa and Virginia

『ヴァネッサとヴァージニア』

Original author: Susan Sellers

原著者:スーザン・セラーズ

        Translator: Kubota Noriko

翻訳者:窪田 憲子

 Publisher:Sairyu-sha

         出版社:彩流社 (近刊)